5月28日は、日本のポップスを書き換えた筒美京平の誕生日

5月28日は、日本のポップスを“作曲家の仕事”から見直したくなる日だ。1940年のこの日に生まれた筒美京平は、歌謡曲、アイドル歌謡、J-POPへと連なる大きな流れの中で、時代ごとの耳をつかみ続けた稀有なヒットメーカーだった。
1940年5月28日、筒美京平が生まれる
筒美京平は1940年5月28日、東京府東京市牛込区に生まれた。1966年に「黄色いレモン」で作曲家デビューし、1968年のいしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」で自身初の大きな代表曲を持つ。その後も尾崎紀世彦「また逢う日まで」、太田裕美「木綿のハンカチーフ」、ジュディ・オング「魅せられて」、近藤真彦「スニーカーぶる〜す」など、世代も歌い手も異なるヒットを次々と送り出した。表に立つスターではなく、作品で時代を動かす裏方として日本の大衆音楽を支えた存在だった。
歌謡曲からJ-POPまで貫いた“ヒットの設計力”
筒美京平のすごさは、単に売れた曲が多いことではない。1960年代から2010年代まで長くチャートに作品を送り込み、歌謡曲、ニューソウル、アイドル歌謡、J-POP、アニメ主題歌まで幅広く手がけながら、その時代ごとの“ポップスの自然な形”を更新し続けたところにある。メロディは親しみやすいのに凡庸ではなく、歌手の個性を引き出しながら曲自体の強さも失わない。日本レコード大賞受賞曲を含む数多くの代表作が今も歌い継がれているのは、流行への感度と職人的な構成力が高い次元で結びついていたからだろう。
今日聴くなら
今日はまず、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」で筒美京平が広く知られるきっかけになった洗練を味わいたい。そこから太田裕美「木綿のハンカチーフ」に進むと、メロディと物語性の結びつきの巧さがよくわかる。さらにジュディ・オング「魅せられて」や近藤真彦「スニーカーぶる〜す」まで並べると、同じ作曲家が時代ごとの温度に合わせてポップスの輪郭をどう変えてきたかが見えてくる。5月28日は、日本のヒットソングの設計図を耳でたどる日にしたい。