7月18日は、浜田麻里が日本の女性ロックヴォーカルの地平を押し広げた歩みを聴きたい

7月18日は、浜田麻里の誕生日。1980年代の日本でハードロックやヘヴィメタルが大きな熱を持っていた時代、そのシーンの中心に立ちながら、圧倒的な歌唱力と表現力で独自の場所を築いた存在だ。今日は、日本の女性ロックヴォーカルの景色を広げた歩みをあらためてたどりたい。
1983年のデビューから際立っていた、浜田麻里の強い個性
浜田麻里は1962年7月18日生まれ。1983年、LOUDNESSの樋口宗孝のプロデュースによるアルバム『Lunatic Doll〜暗殺警告』でメジャー・デビューした。当時の日本では、ハードロックやヘヴィメタルの世界で女性ヴォーカルがここまで前面に立つ例はまだ多くなく、その意味でも浜田麻里の登場は鮮烈だった。高音の伸び、芯の強さ、ドラマティックな歌い回しは早い段階から際立っており、80年代のロックファンにとっては“上手い”だけで終わらない説得力を持つ歌い手として記憶されている。
ロックの枠を保ったまま、大衆性にも届いた存在感
浜田麻里の重要さは、硬派なロック性を守りながら、より広いリスナーへ届く形に音楽を拡張していった点にもある。1988年の「Heart and Soul」はオリコンのトップ10入りを果たし、1989年の「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ。」はシングル1位を記録した。ハードな初期衝動を失わずに、ポップな開かれ方や大舞台に耐えるスケール感を手に入れていった流れは、日本の女性シンガー像の幅を押し広げたと言っていい。90年代以降も『Anti-Heroine』などの作品で存在感を示し、長いキャリアのなかで歌の強度を保ち続けてきたことも大きい。
今日聴くなら
今日はまず「Blue Revolution」で、初期の浜田麻里が持っていた鋭さと疾走感に触れたい。続けて「Heart and Soul」を聴けば、ロックヴォーカルとしての力強さがより大きな舞台へ開いていく瞬間がよくわかる。そして「Return to Myself 〜しない、しない、ナツ。」まで進めば、強靱な歌声とポップネスが両立する希有なバランスを実感できるはずだ。7月18日は、日本の女性ロックヴォーカルの可能性を一段広げた声を聴く日にしたい。