7月19日は、近藤真彦が1980年代の男性アイドル像を大きく更新した歩みを振り返る

7月19日は、近藤真彦の誕生日。1980年代の日本ポップスを振り返るとき、近藤真彦は単なる人気アイドルでは片づけにくい存在だ。テレビの中で少年っぽさを残しながら、どこか不良っぽい匂いもまとい、その像がそのまま時代の空気になっていった。今日は、80年代の男性アイドル像を大きく更新した歩みを聴き直したい。
「スニーカーぶる〜す」で始まった、1980年代の新しいスター像
近藤真彦は1964年7月19日生まれ。1979年にドラマ『3年B組金八先生』へ出演し、田原俊彦、野村義男とともに“たのきんトリオ”の一角として広い人気を得た。その勢いのなかで、1980年12月12日にソロ歌手として発表したのが「スニーカーぶる〜す」だった。歌謡曲の枠組みにロックっぽい手触りや都会的なスピード感を持ち込み、かわいらしさ一辺倒ではない男性アイドル像を前面に押し出したことは大きい。アイドルが歌番組の中心にいた時代に、近藤真彦は“危うさも含めて魅力になるスター”という新しい輪郭を広く浸透させた。
「ギンギラギンにさりげなく」から「愚か者」まで、王道と異色をつないだ存在感
近藤真彦の音楽的なおもしろさは、キャッチーなアイドル歌謡だけで終わらなかった点にもある。1981年の「ギンギラギンにさりげなく」は、そのタイトル通りの派手さと軽やかさで80年代らしい高揚感を象徴する一曲になった。一方で、1987年の「愚か者」では陰影の濃い表現へ踏み込み、同曲で第29回日本レコード大賞を受賞している。きらびやかなテレビスターでありながら、歌の中では色気や哀感も引き受けられたことが、近藤真彦を長く特別な存在にした。ジャニーズ系男性アイドルの歴史を見ても、華やかさと翳りをここまで自然に往復した例はそう多くない。
今日聴くなら
今日はまず「スニーカーぶる〜す」を聴いて、1980年代の始まりに走り込んできた新しいスターの温度を感じたい。次に「ギンギラギンにさりげなく」で、近藤真彦という名前がテレビと街の両方でどれだけ強い記号だったかを確かめたい。そして最後に「愚か者」を聴けば、アイドル歌謡の延長では収まらない表現の深さが見えてくるはずだ。7月19日は、日本の男性アイドルが“格好よさ”の定義を広げた瞬間をたどる日にしたい。