7月24日は、久保田利伸がJ-R&Bの地平を広げた歩みをたどる

7月24日は、久保田利伸の誕生日。日本のポップスがまだR&Bやソウルを“洋楽っぽさ”として距離を置いていた時代に、そのグルーヴを日本語の歌として当たり前に鳴らしてしまった存在を思い出したい。
作家活動から始まり、1986年のデビューで新しい質感を持ち込んだ
久保田利伸は1962年7月24日、静岡県生まれ。1985年に作曲家として活動を始め、田原俊彦や鈴木雅之、小泉今日子らに楽曲を提供したあと、1986年にシングル「失意のダウンタウン」でメジャーデビューした。ソニーミュージックの公式プロフィールでも、オリジナリティあふれる音楽性と高い歌唱力で日本の音楽シーンに新風を送り込んだパイオニアと位置づけられている。打ち込みと生々しい歌心を両立させたサウンドは、当時のJ-POPの中でもかなり異質で、それがむしろ強い個性として響いた。
ブラックミュージックを日本のメインストリームへ押し広げた意義
久保田の大きさは、R&Bやソウルの影響を“趣味の深さ”で終わらせず、日本の大衆音楽に定着させたことにある。1993年にはニューヨークに拠点を移し、1995年にはToshi Kubota名義で全米デビュー。そうした越境の試みを経たうえで、1996年の「LA・LA・LA LOVE SONG」がミリオンヒットになったのは象徴的だ。洗練されたブラックミュージックの感覚が、そのまま月9の主題歌として広く届いたことで、J-R&Bの受け皿は一気に広がった。
今日聴くなら
今日はまず「Missing」で歌そのものの強さを味わい、そのあと「You were mine」や「LA・LA・LA LOVE SONG」へ進みたい。メロウさ、リズム、色気、親しみやすさが同居していることがよくわかるはずだ。7月24日は、久保田利伸が日本のポップスに“R&Bを借り物ではなく自分たちの言葉で鳴らす”感覚を根づかせた日として聴き返したい。